旅は退屈を極めた。旅費がどうの、時間がどうのと、彼の行く道は無理やり空の旅に決められてしまったのだ。クルスピリアからバレラスジェットでヨーンへ、さらに乗り換えてバレラス経由でラムサダス帝国のヤースへ。そこから大岱を通過してクルート連邦の首都、シルメリンへ向かうのだ。現在連邦との国際線を開通しているのはラムサダス帝国とファームズ帝国だけで、ファームズは基本的に旅客には使えない。そのためわざわざこんな遠回りをすることになる。ただ帝国の皇帝ラムサダスは彼の数年来の友人であり、最近会ってもいないことから、丁度よい機会ということもできる。
問題は墳墓のあるミラード帝国への入国である。現在鎖国している帝国へ直接入国することはできない。クルート連邦との国境から違法入国するしかない。どうせ巡回に見つかることだろう。今のうちから作戦を考えておかねばなるまい。もっともその前にヤースによるのだから、ラムサダス帝国の知人に知恵を貸してもらうのも手だ。数瞬思案したのち、彼は自分が専門でないということを認識して、帝国情報部にでも頼むことにした。
アーサーやラムサダスは、無事息災であろうか？ いや、彼らには大勢の味方がいるのだ。オレと違ってな。そうやすやすと彼らの前まで行ける奴がいるとは思えないな。それに彼ら自身が、オレと同じくらい強力な戦士なのだ。運良く彼らの元へ辿りついてさえ、彼らに一太刀浴びせることのできる奴がいるのか。
集団の場合も有りうるが、いかな強力なギルドとて、国家と表立って敵対しはしないだろう。ギルドが国家を運営しているのでない限り。とくにあの2人の国では、有力なギルドは国家の機関なのだ。いまひとり、スロリクトラ・ドバヌールはどうであろう？ 今の奴の国には、有力な指導者も後ろ楯がない。先日、海軍のエーベルト元帥（彼は真面目一本の双子の武人の顔を思い出した）が退役し、かつての「4強」はドバヌールだけになってしまった。大臣たちが私権あさりに没頭し始めたとも聞く。長く持つまいな…。
いや、とブラックホースはほくそえんだ。
「あいつの一番の敵対者は、他でもないアーサーだ。アーサーにとって、あの国は目の上のこぶの好例だろうな。」
ブラックホースは、アーサーが遠からずドバヌールを滅ぼすであろうことを、正確に洞察していた。それはパーティというレベルでは計ることのできない問題なのだ。そのレベルでいけば、二人はブラックホースとジアザーほどではないにしろ、まず良き仲間というところであった。しかし国家となると、自ずと見方が変わるものだ。アーサーはドバヌールを滅ぼせるだけの兵力を擁している。問題はタイミングだ。
アーサーは単純な戦争屋ではない。勝てばよいという人物ではないのだ。動員兵力の2割の損失は、彼にとって敗北を意味する。兵の貴重さを分かっているのだ。それ故にアーサーは作戦には大胆さとともに充分な慎重さを考慮する。常に自分以外の将軍達の意見も参考にする。そして何より、敵兵力が再利用できることを知っており、敵に対し与える損害をも可能な限り減らそうと考えているのだ。
それにしても、何と退屈な旅だろうか。地上あるいは海上を旅すれば、必ずといっていいほどつっかかってくるヤツがいる。それは人間だったり、アルフだったり、そして邪悪なモンスターだったりする。満足できる相手かどうかは別として、退屈なものにはなり得ないのだ。
かつて彼は、友人達とともにこの真下の海、新海を渡った（といっても、時間が切迫していたためある程度進んでは魔法でテレポートの繰り返しだったが…）。スメル帝国を打倒せんと命の危険も省みずに。ジアザー、ラムサダス、ドバヌール、リサ…。あの頃にはエルもいたか。このうち3人は、今では巨大な国を支配する者になっている。あの頃はほんの男爵とその仲間に過ぎなかった。もう12年も前のことか。
リサはドバヌールの妻として（夫の管理者として）、女王気分を満喫している。夫の浮気癖には手を焼いているようであるが。だが大臣を野放しにしている以上、よい女王とはいえないだろう。エルは…どうしているのだろう？ アーサーから得た最後の情報では、ファンドランドに渡って森のドルイド僧になったともいう。ドバヌールに言えば調べてくれるだろうか。そこまでして知ろうとは思わない。彼は、彼女の細い金の髪と儚げな微笑みを思い返した。
「そういやあいつ、ジアザーに惚れてたっけか。」
突如、機体が大きく横揺れした。すぐ様女性の叫び声が上がった。窓ガラスが割れて飛び散り、徐々に空気が薄くなってくる。冒険慣れした彼でも急激な気圧変化には対応できぬものだ。一般人である他の乗客にとっては致命的である。ブラックホースは操縦室のドアを開け、情報を求めて叫んだ。
「どうした！ 何が起こったんだ！」
機長は真っ青な顔をしており、半狂乱になってわめき散らしていた。
「どうして航路から外れてるのがわからなかった！ ドラゴンの巣の中に突っ込んでしまった！」
そして、それを証明してやろうとでもいうように、はるか前方の雲海が割れ、灰色のドラゴンがこちらに向かって飛び始めた。クラウドドラゴンか、でかいな…とブラックホースは冷静に観察した。もしこの機を襲えば一般人は皆確実に死ぬ。
「上部のハッチを開けてくれ！ 外へ出て戦う！」 ブラックホースは命じた。
「何ですって！？」 機長は驚いて聞き返した。
「ハッチを開けろといったんだ！」
有無をいわさぬその口調に気圧された機長は、ただちに命じられた通りにした。半ば機長を押し退けるようにしてジェット機の上面に出たブラックホースは、風圧に辟易としながらもそこに仁王立ちになり、はるか眼下にペルタニグレ半島を認めた。草原の騎馬民族バラカンスの土地である。本来ならもっと北を飛んでいなければならないのだ。なるほどかなり外れているな、と思った。
「俺も手伝うぜ」 ひとりの見知らぬ男が、梯子を伝ってブラックホースの隣へ踊り出た。かなり若い男だった。その落ち着きぶりから、戦い慣れはある程度しているようだが。
「足手まといだ！ あの大きさをみろ！ その軽装ではあっという間だぞ！」
その男は革鎧しか着ていないのだ。ドラゴンの爪を防げるものではない。
「そんなことをいっている暇はないと思うぜ」という男の言葉は、すでにドラゴンが眼前にまで迫っていることを言っている。この相対スピードでは思うようには戦えないだろう。ブラックホースは近付いてくるドラゴンとの距離を目測すると、両足をぐっと踏ん張って飛んだ。
一瞬の後、ブラックホースは灰色の鱗に覆われた背中にいた。まずは鱗をがっちりと掴んで落ちないようにバランスをとる。それから彼は即座に立ち上がると、ドラゴンの太い首にまたがった。何が起こったのかが理解できないドラゴンは怒り狂い、切りもみ飛行を始めた。慌てて鱗を引っ掴むブラックホース。ドラゴンは方向転換すると下から旅客機に体当たりしようと狙いを定めた。ブラックホースは長剣を抜き放つとその首を切り付けはじめた。しかし、ドラゴンは叫び声を上げただけで突撃をやめない。
と、ドラゴンは突然空中に静止した。ブラックホースはあやうく投げ飛ばされそうになりながらもその場に残った。そしてもう一度首を深く切り付けた。今度は効果がありドラゴンは盲滅法に飛び始めた。これでもう大丈夫だろう。あとはジェットの上面へとくくり付けてあるロープを伝って…。
しかしここで思わぬことが起きた。ドラゴンが自棄(やけ)になって吐いたブレスが、運悪くその脱出用ロープを焼き切ってしまったのだ。
「くっ…。どうやって帰るか…」
さすがのブラックホースも焦っていた。さらに悪いことに、ドラゴンは再び真直ぐに飛び始め、その先には旅客機があったのだ。「これまでか…情けなかったな…。」と彼はつぶやいた。そして、やがてくる瞬間に目を閉じた。
だが、その瞬間はいつになっても来なかった。ドラゴンは突如甲高い叫び声をあげ、いつの間にかブラックホースは旅客機の上面におり、ドラゴンは飛び去っていた。
「何が起こったんだ…？」 ブラックホースはドラゴンを眺めた。遠くてよくわからないが、両目を矢で射抜かれているらしい。あのスピードで矢を!? さらに、自分のプレートメイルの鎖部分にロープつきの矢が突きたっているのを見た。
ブラックホースは驚愕しきってここに残っていた片割れを振り向き、さらに驚いた。相手の顔が砕けている。ドラゴンとの接触のせいか。だがよくよくみると、それは単に変装が破れているだけのことだった。そして、マスクの下には彼のよく知っている顔があった。
「イアン！ イアン・トルネイオスじゃないか！」 ブラックホースは叫んだ。
イアンはもはや役に立たない変装を取ると、親愛の情を湛えて笑いながら、
「久し振りだな、ブラックホース。相変わらず元気そうでなによりだ。無分別なのは変わらないな。」
ブラックホースも相手と同じように笑うと、
「そうだな。もう30にもなろうというのに。とにかく助かった。礼を言おう。」
「いや、お前があいつに乗っかってあんな絶妙な位置に来てくれなきゃ、とてもじゃないが当たらなかったさ。まあお前の方を助けるのはかなり厳しかったがな。」
ブラックホースはそれが謙遜であることがわかった。イアンが弓を外したのを、彼は見たことがなかったからだ。
「陛下、トルネイオスただ今戻りました。それから、偶然出会いました騎士ブラックホース殿をお連れしました。」
イアンの凛とした声が殿堂に響き渡り、居合わせた人々から歓迎の声が上がった。ある程度暗い方面に手を染めてはいても、イアンは帝国内ではかなりの人気者である。それに、ブラックホースを歓迎しない宮廷というのもあまり存在しない。
「まずはトルネイオス大将、ご苦労だった。卿自身の首尾はどのように？」
ラムサダスは4年前に実用化されたばかりの軍級を使ってイアンをねぎらった。実質イアンは軍人ではないので、階級がつくのは妙ともいえるが、彼が軍に対して行ってきた諸事を考えれば不思議はないというものである。イアンは帝国でなくてはならない人物のひとりなのだ。
「例の交渉は着実に進展しております故、ご安心ください。」
イアンが飾らず簡便に答えた。ブラックホースにはもちろんなんのことかは解らなかったが、別段気にする必要もないことだった。政治レベルの諸問題は彼の範疇ではない。大きな戦争の下準備をしている、というようなものでない限り、彼にかかわりのないことであるということもわかっている。政治は専門家に任せればよい。
ラムサダスは穏やかな、だが暖かみはない表情を崩さず、
「まあ卿に限って問題はないと思う。下がって休んでくれ。」
「は、それでは失礼します。」
イアンはブラックホースの肩をポンっと軽くたたくと、早々にその場を去った。いつものことだ。代わってラムサダスはブラックホースに視線を移し、一瞬だけ懐かしがるような、暖かい笑顔を現したあと、普段の感情を現さぬ顔つきに戻った。
「ブラックホース殿、遠路ご苦労だった。常のごとく時間があるならゆっくりしていってもらいたい。」
ブラックホースはその場に片膝をついてお辞儀をし、そのあと顔を上げて語り始めた。
「突然の訪問にもかかわらず暖かいお言葉を頂き、誠に痛み入ります。陛下も皆々様もお元気そうで、なによりの喜びでございます。」
ふだんなら考えられぬ言葉遣いをするブラックホース。まがりなりにも騎士の叙勲を経験している身である。いざというときには騎士然としたふるまいもできる。もちろんここにいる人々で、二人が旧知の間柄、親友であることを知らぬものはいない。それでも両者ともこのような他人行儀をとらねばならない。それが「皇帝」と「一介の騎士」の姿というものだ。少なくとも公式の場で、公私を混同してはならない。
「して、今回の訪問はどのような目的をもってのことか、差し支えなければ聞かせてくれまいか。」
「はい。シリア首長国の商人に依頼され、クルート連邦へ参る途中の逗留です。」
「なるほど、現在連邦との国際線があるのはわが国だけだからな。」
「はい。直線距離からすればかなり遠回りとはなりますが。」
「それで、時間的な余裕はいかほどに？」
「明日の午後の便に乗る予定です。慌ただしいお暇(いとま)は不本意ではございますが。」
「無理強いしてとどめるわけにもゆくまい。せめて今宵はゆっくり休まれよ。」
ラムサダスはなかば機械的に答えている。ブラックホースには、彼が早くこのやりとりを切り上げたいのだということがわかった。だから、会話が続かぬよう返答は短めにすることにした。無論彼自身、肩のこる会話をこれ以上続けたくない。
「はい。ありがたきお言葉。」
「…ブラックホース殿を我が私室へ。」
ラムサダスが再び暖かみのある表情をちらとだけブラックホースに向けた。無言で「ありがとう」といっているようであった。ブラックホースが振りかえると、近衛の新入りであろうか、初顔の少年が進み出て、「案内いたします」と声をかけた。案内など不要ではあったが、おとなしく従った。
ここに居並ぶ人々の中で、最初にこの城に入ったのは彼であった。ツバリ奇襲の折りにである。巨大な城郭中をかけまわって死闘を演じた。あれから何度か間取りや床・壁面が改装され、当時の血の香りの漂う巨大城の様子を物語るものはほとんどなかったが、それでもどこにどんな部屋があったか位は記憶している。それからも何度かは立ち寄ってラムサダスと会っているから、わからないところはあまりない。
ラムサダスの私室は、最上階の東はしにある。王者の住まいは中央にあって然るべきだろうが、それは執務室その他である。私室は別とみていい。この部屋は、窓から外のパルマ海を一望できるのである。広大で豊かな国土を象徴するかのようなパルマ海沿岸の沃野を視野に収められるのは、非常に心地よい。3月の午後、ここは一年を通じて一番の景色が得られる。強く反対するものは少ないだろう。ラムサダスが旧スメル帝国歴代の皇帝と同じようにこの場所を選んで、納得せぬものはいなかった。
アルファナと、彼女とラムサダスの娘 --- フロレンティナがお茶と甘いものを運んできて、ブラックホースに微笑んであいさつした。
「お久しぶりですわ、勇者さま。」と、最後に会った数年前と変わらず美しいアルファナ皇妃。さすがはアルフというべきか、最初に会ったのはもう10年以上も前だが、その頃といささかも変わらない。その頃にはまだ森のアルフの姫君という身分で今のようなしとやかな性格ではなかったにしろ、美しさは相変わらずだった。
「それはよして下さいって。」
ブラックホースは頭をかきながら、なかば反射的にそう答えた。アルファナは心得顔にクスクスと笑った。ブラックホースが勇者と呼ばれるのを気恥ずかしいことを、承知しているのだ。
「勇者さま、こんにちは。」
フロレンティナがにこにこと話しかけた。今何歳だったか。人間でいえば、まだ7〜8歳というところか。ブラックホースは、一瞬また頭をかきそうになったが、その手をとどめ、おう、とフロレンティナに声をかけた。そして自分の頭の代わりに彼女の頭をなでた。ラムサダスに似た軽やかな金髪だ。彼女はとても喜んだ様子でふふっと笑うと、駆け足で隣の部屋へ消えた。隣室には弟と妹がいるはずである。今年2歳だったと記憶している。その二人目の弟をあやしにいったのであろう。
ラムサダスには4人の子供がいる。それぞれがうまれた時期からアーサーに対抗しているとみられることもあるが、現にうまれてくる以上、神は許し給うているのであろう。ブラックホースとしては、どちらが早くジアザーに追い付くのか、いささか品の悪い楽しみとして眺めていた。
エルメランの教会では、神の摂理はバランスを貴ぶと聞いている。長寿のアルフの出生率が低いのはその理に合致している。アルファナの属するヴァレールアルフの神であるソル。教えは違えど、そうしたバランスの真理は同じものらしい。ラムサダスが10年に4人の子を授かっているのは、やはり特別といわざるをえない。
遅れてラムサダスが入ってきた。腰をおちつけたブラックホースをみるなり、玉座にいたときとはうって変わった親しげな表情が現れた。やはり彼は彼だ。
「すまない、ちょっと軍の方が取り込み中でね。」
ラムサダスは、人間であるアーサーや宰相であり軍略の天才であったアシュラブレイの影響を受け、かなり軍事面に傾倒している。それはそれでよい。ブラックホースなどはすでに慣れてしまってはいたが、やはり一般的にみて、平和を貴ぶ他のアルフとかなり異なっていることは確かだ。冗談めかして聞いてみる。
「戦争でもおこすのかい？」
ブラックホースもいまや、友人としての言葉遣いとなっている。広いラムサダス帝国で、この部屋でだけはなにを気兼ねする必要もないのだ。
「いやいや、戦争はできない。いくら政治に関心がないとはいえ、その事情くらいは知っているだろう？」
だまってうなずくブラックホース。4年前、宰相アシュラブレイの反乱を鎮圧したあと、ラムサダスは有名な「99ヶ年無戦闘宣言」を発した。宣言の1,620年から99年の間、ラムサダスは一切の侵略戦争をしないと明言したのである。これは一国の君主としては非常に勇気のいる決断だったろう。どれほどの危険要素を感知しても、実際に行動が起こされるまでこちらから手を出せないのだ。一瞬の遅れが命取りとなることもある。謀略によって相手を封じ込めておけるうちはよいが…。
この宣言は、8年ほど前に建国が宣言されたアルファ人民共和国の「永世中立宣言」を参考にしたともされている。あの国が混沌神崇拝から解放されたのはブラックホースたちの活躍によるものだということを、知る者は少ない。
ラムサダスが説明を続けた。
「実は今度、軍部の主だった人物を16人ほど集めて、最高軍事会議のような組織を作ることに決めたんだが、それの人選でね。」
「なんだか今更のような気もするがな。まあいいか。それで名前は？」
ブラックホースにはあまり関係のないことではあったが、聞いておいても損にはならないだろう。
「十六翼将、というのを考えている。まあまだ私の考えで、誰にも出してはいないがね。」
あごに片手をそえながらブラックホースは率直な感想を述べた。
「ちょっとものものしいな。その『翼』ってのはなんだい？」
「帝国をささえる16枚の翼をイメージしたんだが、まずいかな。」
ブラックホースは少しだけ間をおいて指摘した。
「そうだな、たしかにこの国は生い立ちから軍事色が強い。それは独立に加担したオレもよく知ってる。だが、国ってのは軍部だけじゃないんじゃないか？ とくにお前は文化育成を重要政策にしているだろう。あからさまな軍事色はまずいかもな。」
「なるほど、確かに。ではどうすればいいだろう。」
「まあ単に十六武将がいいところだろうな。」
「うん、ではそうしよう。ありがとう。」
ブラックホースは一応念を押して、
「そんなに簡単でいいのか？」
「まあ名前なんて、本来大きな力を持ってはいけないものだからな、決めるのもその程度でいいだろう。」
刹那ラムサダスがなにを考えたか、ブラックホースは知る由もない。が、微妙な表情の変化を長い付き合いのある彼が見逃すはずはない。故郷の森を思い起こしていたのだろうか。
「オッケイ、陛下、そのネーミングで行きましょう。」
どこから現れたのか、イアンがやってきた。ドアが開いていないことは確かである。意表をつかれてブラックホースは驚いてしまった。
「なに、驚くには当たらないさ。この部屋にもご多分にもれず、秘密の通り道が2つ3つあるんでね。」
ラムサダスが説明したのでブラックホースとしても納得はした。
「しかし陛下、いきなり入ってきてよかったですかね。」
「構わない。お前にこの部屋に入ることへの制限を与えたことはないからな。」
「そいつはどうも…と、ブラックホース、我々の出会ったいきさつは、もう語ったのかい？」
イアンはとりあえず話しておきたいようだ。まだだ、とブラックホースが答えると、イアンはそれなら、と語りはじめた。彼お得意の嘘とまことが絶妙にミックスされた語りだった。