人物

1,345.2.13生, 284歳(見掛け150歳). 身長182cm 体重22kg.

国王

元の名はオーレイン・フェデリオス・ロスティアール・アイアンハルトと言い、大陸北部にあるアイアンハルト森に住むアルフだった。強力な魔法剣士として名を馳せ、森を守護していた他にシリア首長国の対外戦争に参加したこともある。常に自信に満ち、それに見合うだけの実力を兼ね備えた存在だった。現在肌の色は青白く唇は紫だが、プラチナの髪とライトグリーンの瞳、容貌は生前の姿を残している。頭脳も混沌の完全支配に抗しており、性格と理性を保っている。ただし食事を必要としなくなったため、肉体は当時より大きく痩せている。

143歳のとき、彼は邪悪な魔術師の罠に掛かってセイレイ山脈内のとある塔へ閉じ込められた。最上階、64階にある階段で屋上へ出るしか脱出できないとされた場所だった。はじめのうちは敵も弱く、魔法の助けもなく剣だけで対処することができた。彼は自分の力ならと考えていた。食料は切り詰めれば2ヶ月分はなる。しかし30階を過ぎるあたりから一筋縄では行かなくなり、60階を突破したのはほとんど運だった。彼は61階の入口を前に、絶望的な気分になっていた。治癒の薬はとうに使い切っており、残りの4階を今の傷だらけの身体で突破できるとは、さすがの彼にも思えなくなっていた。

彼の前に、どこから現れたのか一人の老人が突然姿を現した。身構えようとしたが、反応できなかった。老人は彼に語りかけた。「癒やして進ぜよう。お主ならこの塔を脱出できる」と。そして馴染みのない言葉で呪文を唱えると、黒と紫の煙がその手から放たれ、オーレインの体を覆った。全身に痛みを覚えて思わず目を閉じたが、そこここの傷が徐々に塞がって行くのを感じて再び目を開いた。信じられない面持ちで老人を見あげると、老人はクスリと笑った。その表情にオーレインは一抹の不安を覚えたが、何も言えなかった。そして「また会おう」とだけ言うと、すっとその姿が消えた。オーレインは61階の扉を開けた。

次の敵たちと戦いはじめてすぐに、オーレインは自身の肉体が変わってしまっていることに気付いた。身体が以前の何倍も軽く、それでいて以前の何倍もの力が湧いてくる。激しい打撃を受けて切り裂かれた皮膚がみるみる閉じていく。呪文を唱えるまでもなく、意識するだけで宙を舞うことができる。これではまるで…と、思わざるを得なかった。

64階はそれまでと異なり、小さな部屋が一つあるだけだった。その中央に金属製の玉座があり、先刻出会った老人が座っていた。その後ろに縄梯子が天井へと伸びていた。「素晴らしい、実験は大成功だ」と、その老人は言った。「実験とは…？」と問うオーレインだったが、答えは聞かずとも解っていた。老人もそれには答えず、「お主はもはや仲間のところへは戻れん。儂の戦士となる他あるまい」とだけ言った。オーレインが「断れば？」と聞くと、老人は「術を解除する」とだけ言った。解除されればどうなるかは判るだろう、と言うことである。おそらく老人は彼が逆らうことなど考えていなかったに違いない。オーレインが「では殺せ」と呟くと、老人は虚を突かれたように呆けた顔を見せた。オーレインは飛行で一瞬のうちに老人に詰め寄り、その勢いのまま愛剣で老人の心臓を突いた。剣は老人の身体を貫き、そのまま玉座に突き刺さった。老人の姿がぼやけ、別の人物に変わった。そもそも彼をここへ導いた魔術師だったのである。男は痛みなど感じていないかのようにニヤリと笑い、「この程度では殺せぬよ」と言ってオーレインを眺め、呪文を唱え始めた。しかし、その詠唱が終わっても、とくに何も起きなかった。男の顔から、それまで浮かべていた余裕の笑みが消えた。

オーレインの剣に掛かっている魔法は、周囲で新たに発生したあらゆる魔法を無効化するというやや特殊なものだった。既に発動されている魔法には何ら影響がない。つまり同じ男の魔法でも、寿命を引き伸ばし、痛覚を消し、傷を治癒している魔法には影響がなく、剣を引き抜こうと新たに発する魔法のみかき消してしまう。男は肉体的な力のみで剣を引き抜かねばならなかった。金切り声を上げる男を玉座に残し、オーレインは飛行して一気に屋上へ出た。

自身がもはや故郷で受け入れられないことは解り切っていた。邪悪なものに蝕まれた者を、同胞でも、英雄でも、アルフが許すことはない。いっそ誰にも気づかれぬ場所で、一人で終末の刻を待とうと、南へ向けで飛んだ。そうして大陸南部のある渓谷に至った。そこは険しい峰々に囲まれており、陸側からはほとんど気づくことができない一帯だった。しかし、近づくとその思ったよりも広い渓谷地帯にいくつかの街があることに、オーレインは気付いた。オーレインはその一つに降り立ってみた。

そこはブラウドルという、忘れられた国だった。住民は選ばれた者たち以外すべてが王の奴隷のような扱いで、生きていくのがやっと。街の外には打ち捨てられた遺体がいくつもあった。希望などどこにもなかった。正しく導いてやれば、すべての民が十分平穏に暮らせるだけの国土がありながら。オーレインは首都と思しき街の王城へ乗り込み、抵抗する者たちをすべて斬って捨てた。彼の吸血鬼としての力は人間相手では過剰なほどであり、国王ランダル付きの騎士たちですら彼には一太刀すら浴びせることはできなかった。国王は手勢を率いて逃亡した。オーレインは敢えてそれを追おうとはせず、国民に対してブラウドルの滅亡と、自身の名を取った新国家ロスティアの建国を宣言した。はじめはよそ者に懐疑的だった国民も、彼がブラウドル時代の多くを改め、完璧とは言えないながらも遥かにましな統治をするようになると、徐々にそれを受け入れていった。

ランダルが南東の氷原地帯にあった街を占拠してできたのが、現在のブラウドルである。