「ねえお母さん、いつになったらおなかいっぱい食べられるの？」
それが、この少女がこの世で発した最後の言葉となった。ティアマト暦1,612年。新興スメル帝国ラムサダス朝皇帝ラムサダスは、ここザクルシオに対して奇襲的に海上からの砲撃を行った。それは、個人のもつ兵器としては最強に位置する超魔術兵器、フレームランチャーの試射であった。ザクルース沖へ急行された強化有翼魔法中隊（F.W.M.C.）…アルフによる宮廷騎士団は、新兵器を携えて半島先端の街ザクルシオへ接舷、市中に巨大な炎を解き放ったのである。
ラムサダスはこのフレームランチャーの威力を非常に低く見積もっていた。帝国への参加を呼びかけ、これに答えぬ場合に威嚇的に市の施設を業火にさらす程度に考えていたのである。だが、現実は彼の構想を見事に裏切った。ことを済ませた中隊の面々は、その場でしばし呆然としてしまった。始めにわれに返ったNo.1フォーミル・レストールが、厳かに作戦終了を告げ、快速艇を帰路へつけた。隊員の中には、涙をこらえられぬ者も多かった。
もともと木造建築が多い（いや、市中の建物のほとんどが木造であり、しかも熱帯だが雨の少ない気候によって完全に乾燥した状態であった。加えてそこかしこに、避暑のための潅木があり、植林もあった。枯れ草が地面を作っていた。大きな炎がすぐに一帯に延焼するであろうことは、この土地を知る者なら誰でも知っていることであった。だが、ラムサダスはこの土地の者ではなく、ましてスメル帝国の人間でもなかったのである。
この事件は、後にラムサダスを国際的批難の直中にさらさせることになるが、このときにはそれほど問題にはならなかった。なぜなら、このザクルシオという都市自体がものの十数分の間に地上から消去されてしまい、生き証人はわずかに都市から打って出た兵士たちだけだったからである。彼らはこの一事件によってラムサダスに深い怨恨を抱き、彼がこの地方を訪れるたびに、終わりなき怨嗟の声を浴びせるようになる。この声が国際舞台に届くのは、1,620年代後半のこと、フェルナンド皇帝アーサーによるラムサダス批難の一部によってである。
はじめにあげた少女の声は、実際には誰に聞かれたわけでもない。いや、聞いていた人間は幾人かいた。彼女の母親、祖母、そして隣の藁葺き家に暮らす老夫婦、彼らの飼っていた老犬。それらの小さな命の火が、一瞬に消えてしまう。ラムサダスがこの後フレームランチャーの大半を封じることにし、またザクルシオ周辺の復興のために一時国家予算の40％を投入したのも、死んでいった人々へのせめてもの償いであったはずである。