アンドリューとエリシエル

過去の両国の関係において、その人物が相互に行き来したという記録はない。今回のことについては、フェルナンド皇帝たるアーサーと、コリント国王たるハレスガードと、そのいずれもが予想していないものであった。そもそも年初のアルファ国際会議に、ハレスガードが王女エリシエルをお披露目と称して同席させることがなければ、あるいは別の状況が呈されていたのかもしれない。ただ、運命とはかくのごと、とよく言われるように、それでも二人の出会いは時間の問題だったのかも知れない。それは神のみぞ知る違った未来図であろう。

フェルナンド帝国皇帝アーサーは、この国際会議に16歳となった皇太子アンドリューを同伴していた。そしてアンドリューは、席上、3月に15歳となるエリシエルと一目で恋に落ちた。ただその当初において、二人は互いの気持ちを察しかねたために、それぞれが燃え募る思いをひとり抱きしめるに止まった。それが発展するのは、2月のディルゴにおけるNoSTO各国の調整会においてである。この日アーサーは、住民ストのあったシリア地区への視察を理由にアンドリューひとりを調整会に出向かせた。裏面の事情でいえば、アンドリューにも一人前に代表をこなしてもらおうという理由、列国の君主に対して箔をつけるという理由などがあった。アンドリューには先年すでにサンダーストーム作戦時において、皇帝代理として国際会議に赴いた事例はあったが、やはりもう一度くらい必要であろうとの判断である。

エリシエルは国元にあって、ため息ばかりの気持ちやるかたない日々を送っていたが、NoSTO調整会のフェルナンド代表がアンドリューであると知るや、父に願い出て参加することにした。そもそもハレスガード自体がNoSTO非加盟のコリント代表であり、王女を同席させる意味などなかったのだが、約ひと月前の国際会議のこともあり、諸国の王からは「よほど姫君を自慢したいとみえる」という反応があった。それほど、王女エリシエルは美しい存在だったのである。各国からの評判は上々であり、ミラードのグランバート皇帝など、是非我が国の皇子と、などと語ったものである。ただし、ミラードの第一皇子サラノスは既にクルートのイステニアと婚約しており、第二ジョリア皇子は今年8歳である。

実際、エリシエルは妙齢ということもあって、国内の大貴族からの求婚が絶えなかった。とはいえ、おそらくは最大貴族であるイェルト公爵家の若君の妻となり、次代の王はその若者だろうと考えられていた。なお、父王ハレスガードは、前王リスク・ザ・ワイズ(イェルト家の出である)の第一王女ラリエと結ばれた元公爵である。ハレスガードの前半生はあまり知られていないが、気の合う貴族子弟とともにコルコランドは言うに及ばず、遠くバラカンスにまで遠出していたらしい。それと同時に、積極的に国王に行政面、対貴族政策面での献策をしていた。とくに、大貴族たちにそれと悟られぬように彼らに対する増税を行う(税のからくりというものか)手腕については絶大なる信頼を得ていた。

そのハレスガードの娘、エリシエルであるが、ラリエが彼女を生んだ脱力から回復せずにごく早い時期に世を去ったことで、父親に非常にかわいがられて育った。王女としての鍛錬(一人前の戦士となる修行)を欠かしたことはないが、学問の面ではほとんど話にならなかった。頭脳的にそれほど悪いわけではないし、むしろ良質なものをもっていると言えるが、今のところそれが活かされているとは言い難い。むしろ彼女は、歌唱や演奏にこそその能力を発揮している。鍛錬の終わったあとの夕闇せまる王城の一角にある花園で、信頼する守護戦士たちと軽い音楽会を開いたりするのが楽しみなようである。作曲こそしないが、彼女は優秀なハープの奏者である。

けぶるようなくすんだ長い金髪と、深い青紫の瞳、人を虜にする神秘的な微笑を持った女性である。銀糸を縫いこんだ薄い桜色のドレスをまとったその姿は、生まれながらにして併せ持つ気品とあいまって、彼女を容易に近づけぬような存在に見せる。これに比してアンドリュー皇子は、どちらかというと無骨なイメージがある。アーサーのイメージする皇帝は、有事の際には将軍達の先頭にたって戦場を駈けることのできる存在であり、アンドリューはその期待に応えようとしている。

もちろん帝国は超大国であり、皇帝が戦場を疾駆するようなことはもうないであろう。そのためアンドリューも、どちらかといえば政治学を志向してはいる。ただエリシエルにはそのどちらも無縁な存在なのであるが。政軍を司るアンドリューと、ひとりの戦士であり自然と音楽を愛するエリシエル。その趣向は対照的であるが、だからこそ互いに発見することも多かろう。二人の将来に幸多からんことを。


以下はシナリオイメージとして作りかけたものを最新設定に合わせて修正したものである。

これは、ダンジョンズ&ドラゴンズのベーシックレベル用モジュールである。マスターは以下の設定について熟知し、必要ならこれを自らのワールド設定に沿うように変更してかまわない。

コリント王国の第37代国王であるハレスガード・ダンクノックのひとり娘、エリシエル王女と、世界に冠たるフェルナンド帝国の皇太子アンドリューの婚礼が近づいている。この婚礼は昨今例を見ない超国際的なものであり、それだけに各国もそれぞれ異なった思惑を有している。とりわけ世界統一をもくろむフェルナンド帝国のアーサー皇帝にとっては、この婚礼は思想・技術の先進国であるコリント王国を後々平和的に傘下に収める足がかりともなり得る。そのため大いなる期待を持っている。また、コリント上級貴族は、イェルトの男子を王とし、エリシエルはその妃になると考えていた。イェルトにとってもそうである。見方によってはこれは国王ハレスガードの重大な背信行為とも受け取れるのである。いずれにせよイェルトの者が国王となるであろうが、国の至宝とも言えるエリシエルを外国の者の妃にすることは、上級貴族の一部にとってはゆゆしき事態である。そこには暴発する可能性すらあり、こうした連中からの王族の警護にも一層の慎重さが要求される。

また、コリント王国の南に位置し、フェルナンドとは不倶戴天の敵同士となりつつある超大国ラムサダスにとっては、この婚礼の成立はコリントがフェルナンドと同盟を結ぶことを意味し、いわば前線基地として機能させることも可能であるために、あらゆる手段を用いてこれを阻止することも考えられる。ラムサダス帝国宰相ラマルティヌとはそうした男だからだ。